欣ちゃんフォーエバー 〜4fourever4〜

1997年、欣ちゃんが住んでたボロボロのアパートに新聞紙を敷いて、
その上でSTANCE PUNKSというバンド名を考えたね。


あれがすべての始まり。僕らが道を違えても絶対に忘れないよ。


同じ夢を一緒に追いかけられて楽しかった。長い間本当にありがとう。


いざさらば!


Vo.TSURU


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STANCE PUNKSのオリジナルメンバーで、そしてスタパンのアイコン的な存在として
いつも上手でギターを弾いている姿をもう見れないと思うと、やはり大きな喪失感を覚える。
それはSTANCE PUNKSを見に来てくれているファンも一緒だと思う。
二十歳そこそこくらいから今の歳になるまで、色々なとこに一緒にライブをやりに行った。
良いエピソードも思い出したくもない出来事も、どちらも話し出したらキリがないくらいあるけど
すべては太陽のまばたき。
一瞬の内の一瞬だった。
しかし、その一瞬の濃密な時間を共有したからこそ、見ることが出来た夢や景色があったな。
人生は走馬灯。
いつかまた笑ってそんな話をする日が来るよね。
これからの欣ちゃんがどうなるかはわからない。
もちろんそれは自分も同じ。
っていうかこの世界自体の綻びが大きくなっている。
過渡期ってやつだろう。
だからこそお互い生き抜こう。
時代の隙間に落っこちてしまわないように。
まさに時代劇で良く耳にする「お互い達者でな」という心境です。
またどこかで!
長い間おつかれさまでした。


Ba.川崎テツシ


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欣ちゃんが脱退となるライブ当日の朝に、これを書いている。


初めて話した日の事を思い出してる。
2011年の10月、横浜の先輩(NUBOのベーシスト、順二さん)の紹介で初めてスタパンの音合わせ(ドラムオーディション的な)に行った日。


当時、今より30kg近く体重が重かった俺。
欣ちゃんに初めて言われた言葉はいまだにしっかり覚えてる。


「遠くで見るとそうでもないけど近くで見るとデカイな」

多分、後にも先にも初対面の人にこれを言われたのは彼が最後だと思う。笑
何曲か合わせ終えて、次のリハ決めようか、と一番に言ってくれたあのシーンも、嬉しくて今も鮮明に覚えてる。


2012年6月9日、サポートドラマーとして初めて迎えたスタパンのロックの日。
この日のライブ中、いきなり俺の正式加入がサプライズ発表された。もちろん俺は知らされてなかった。


後から聞いたら、この日が誕生日でもある俺にとっていい誕生日プレゼントになるんじゃないか、とそれを提案してくれたのは欣ちゃんだったらしい。
彼はそんな粋な事をしてくれる漢。


あとバンド練でスタジオに入っててよく気付くのだけど、欣ちゃんは感性がとても鋭い。
俺がドラムに対して油断してた時も調子がいい時も、常に一番に察知して教えてくれたのは彼だった。
そんな彼が教えてくれたからこそ、俺もドラマーとして腕を磨き続けてこれたし、他のバンドをドラムサポートでやれたりしてる今の立場があると思ってる。
だからそれがないと思うと、寂しい。


今回のライブは5月29日から今日の8月14日に延期になった。
延期になって一度は欣ちゃんが辞める実感もどんどん薄れてったのだけど、昨晩から一気に実感してきている。


朝起きて夢から覚めて現実に戻されるような、あの感じ。


やはり寂しい、とても寂しい。


最後に。俺たちは欣ちゃんを見送るけど、欣ちゃんも逆に俺たちの事を見送ってると俺は思ってる。


見送られる側は、見送ってくれる人にカッコいい背中を見せてないといけない。
だから今度どこかでまた出会う時は、お互い共にカッコいい姿を見せつけ合うのさ。


感謝の言葉は今日直接言いたいから、後でとっておくよ!


P.S今日のライブ、俺のドラムで超〜気持ち良くしてあげっからね!!!!


Dr.佐藤康